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人が育ち、人が築く、
いつの時代も
「街の未来」を
人の手から。

三翔土建には、知恵と経験、

そして人の想いが集まっています。

人と人が関わるからこそ、生まれる価値がある。

必要なのは、過去の経歴ではなく

「これからどう生きたいか」という意志。

共に乗り越えていける仲間がいて、環境があります。

何もない更地から、
自分の手で形を変えていく。
“みんなでいい現場にしよう“
という姿勢が次に繋がる。


寮は姫路のみです。
姫路にある寮は家電付きです。


学歴や経験に関わらず、
頑張った分、収入アップを
目指せます。


「施工管理技士」などの
国家資格取得にかかる
費用は会社が全額
バックアップ! 


プライベートの時間も
大切にしながら働けます。

現在は学校の改修工事を担当しています。
古くなった床面を斫り・撤去し、新しいコンクリートを打設するという工程を中心に施工を進めています。

「新しいものを作り上げる」ことが、この仕事の一番のやりがいだと感じています。
丁寧に仕上げた現場が綺麗に完成したとき、そしてお客様に喜んでいただけたとき、この仕事をしていて本当によかったと実感します。

一見、厳しそうな印象を受けるかもしれませんが、話してみるととても優しく、丁寧にいろいろと教えてくれる方です。「人間味のある社長だな」と日々感じています。

どの現場でも、「自分の家を建てるつもりで」 仕事に向き合っています。「こんな家だったらいいな」と思えるような仕上がりを常に意識することが、私の大切にしている価値観です。

未経験の方でも大丈夫です。
丁寧な指導のもとでしっかりと技術を身につけられる環境が整っています。


6年前に咽頭がんになり、手術で声帯をとったため 声が出なくなりました。
それでも 病気と立ち向かい、困難を乗り越え、現在に至ってもずっと続けられる会社です。

1番古くから 30年 働いています。
人生の多くを三翔土建と共に過ごしています。
現在まで長く続けられているのは 社長と社員のあたたかい人間関係、高い給与、全員が過去を乗り越えるために 未来へと向いているからだと思います。

その現場によって様々です。
土木と建築 両方があり、長期的な案件があるため不況に強いです。
未経験からでも力になれますよ。

面倒見が良く、社員想いのとても良い方です。
社長自身も過去の逆境や困難を経験しているから仕事でもプライベートのことでも、困ったことや相談事など親身に寄り添い思いやってくれます。

スキルが上がれば それを認めてくれて、給与に反映されるのは やりがいの1つです。また、時間をかけて築きあげたものが 完成した時に得られる達成感もその1つですね。
この仕事は 地図や人の記憶に残りますし、一緒に働く仲間も話しやすい人たちばかり。
それが三翔土建で働く仕事のやりがいであり、魅力だと思います。

道路や橋等のインフラ整備から建物の新築・解体まで幅広く担当します。
基礎工事や重機操作など、チームで土地を造り上げるダイナミックな仕事です。
土木と建築の両輪で技を磨く「二刀流の技術集団」として、
日本の豊かなインフラと当たり前の日常を支え続けます。

現場監督として、計画通りに安全かつ高品質な建物を完成させるため
「進行・品質・予算・安全」の4大管理を担います。
現場を統括する司令塔であり、大手ゼネコンの1次請けとしての重責を担う仕事です。
「技術の前に人がある」という信念を胸に、誠実な管理で地域の信頼を形にします。

初代社長

常識からは考えられない「異色」の連続

1960年代:姫路で数十店舗を構えた飲食店のオーナー(先代)が、
畑違いの建設業へ転身。

退路を断つ「全店閉店」と「素人集団」の船出

十数年築いた飲食店をすべて畳みます。
建設の知識ゼロ、ヘルメットも被ったことがない元飲食スタッフら10人を引き連れ、知人の建設会社の看板を引き継ぎました。

屈辱と泥まみれの修業時代

現場では専門用語すら分からず、悔しさに震える夜もありました。
しかし、姫路の街で築いた「信頼」を武器に、
かつての顧客(大手建設会社職員)に電話で教えを請い、必死で食らいつきました。
かつての顧客が、師匠になった瞬間です。

1995年 1月17日 午前5時46分:
阪神淡路大震災。500人の仲間を集め、街の復興に命を懸ける。

神戸の街は 一瞬で瓦礫へと姿を変えました。
かつての仲間だけでは街を救えない。
日本中から職人をかき集め、気づけば、500人を動かすプロフェッショナル集団へ。
瓦礫を越えるたびに、「街を造り直すプロ」へと変貌を遂げました。

現社長へ継承

2011年 3月11日 :
現社長・中里が、東日本大震災の復興支援のため単身東北へ。

東日本が変わったあの日、現社長・中里は覚悟を決め、単身で東北の被災地へ向かいました。
たどり着いた被災地では 過酷な生活と環境に耐え続けながら、4年半を過ごしました。
この東北での歳月は、現在の中里自身の、そして三翔土建の揺るぎない中心的な骨格となっています。

2021年:
先代から現社長・中里へ継承。

時代が変わっても、私たちの真ん中には、変わらずに流れ続けている血があります。
それは、日本のインフラを支えるという誇りであり、「何よりもまず、誠実な人であれ」という純粋な教えです。
私たちは、単に地面を固め、形を造る集団ではありません。
技術を磨くその前に、向き合う相手を想い、約束を守り抜く。
この「人」を想う意志こそが、三翔土建のすべての礎です。

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